COLUMN

これまでの道のり 4 ―ちょっとした野望

2003年 ドイツの展示会に出展

風呂敷をひろげつづける

はじめて国内展示会に出たころ、実は海外展示会にも申し込みをしていました。

Heimtextil(ハイムテキスタイル)

毎年1月にドイツ・フランクフルトで開かれるホームテキスタイルの世界的な展示会です。出展者も来場者も世界中から集まります。この頃は「日本のデザインを中国で生産し世界に売る」なんて大それたことを考えていました。

ハイムに出るには審査があって、ダメ元で申し込んだところ、なんと審査通過してしまったのです。

国内展示会の対応すらできていない時に、海外展示会に出るなんて!商品は?会場の施工は?海外向けの値段は?はじめてのことだらけで、やること山積みです。こういう時、どうしても挑戦したくなってしまうのです。新しいこと、未知なことが多ければ多いほど、燃える。

あの頃の自分に言いたい。

あなた風呂敷ひろげすぎーーーー!!

愛博美はじめての出荷

年明けのハイム出展を前に、南京の愛博美では初めての出荷を目前にしていました。

ここに至るまで、工場の大変さをひしひしと感じていました。これまでは、紙の上にデザインや仕様を描き、ファックス(の時代です)で送ればこちらの役目は一旦終わり。これからはその先までやらねばなりません。糸、針など細かい資材から揃え、裁断や縫製の工程、検品の仕方、など一から十まで現場の全てを段取りします。

モノを作るってこういうことなんだ。

そして自分が縫うわけではないので余計もどかしい。この初回生産は驚くべきスローペースでした。工員さんたちも経験者ばかりではないので慣れて調子が出るのに時間がかかります。これで出荷に間に合うのか?

工場に寝泊まりし、やれることは手伝って、なんとか商品が出来上がりました。日本のお客さんへ自社工場から初めての納品でした。

そしてフランクフルトへ

ハイムの前夜。会場にて。はじめての出荷が終わっても、もうすぐにハイムです。あの時なにをどう準備してフランクフルトまで行ったのか、展示会がはじまるまで何をしていたのか、よく覚えていません。ハイムは1月第2週くらいからスタートするので、年越しも正月もなかったんだろうなぁ。

無我夢中とはこういうこと?

ハイムテキスタイルの会場は10以上のホールがあり、各ホールごとにジャンルが分かれています。日本の会社が出展する場所ではなく、あえてアジアの出展者が集まる場所に出ました。欧米のバイヤーがうちのブースに入ってきて、不思議そうにディスプレイを見まわし話しかけてきます。「どこの会社?」「日本から来ました」すると「ははーん」という顔をして名刺交換したりしました。

さあこのあとどうなる!? つづく

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オブラブ代表 Mayumi Nishizawa

武蔵野美術大学卒業。つくること全般に興味があり、凝り性。好きな言葉「歩留り」